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2007.1.7 No.72

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「税に関する作文」「人権作文」で多数の生徒が受賞!

税に関する作文



 文理中学では毎年、税金や人権に関する作文を応募していますが、今年も多数の生徒が受賞しました。税金や人権という、ややもすれば堅苦しいテーマに苦心して作文を仕上げる生徒も多いのですが、それだけに力作も多く、このような輝かしい成果を残すことができました。税金も人権も私達にとって身近な問題です。生徒一人ひとりが関心を持ち、よりよい社会の実現に寄与してほしいと思います。

 中学生の税に関する作文受賞者

全国納税貯蓄組合連合会優秀賞
 清水 咲希(3・6東村山・回田小)
所沢税務署長賞
 輿水 美希(3・4川越・霞ヶ関南小)
埼玉県租税教育推進協議会長賞
 小橋智恵子(3・3大井町・東原小)
所沢税務署管内納税貯蓄組合連合会会長賞
 高橋 俊介(3・5私立武蔵野東小)
 山下 裕貴(3・3青梅・霞台小)
優秀賞
 小田 健介(3・6武蔵村山・第十小)
 斉藤万里子(3・5西東京・柳沢小)
 竹田 美玖(3・6川越・霞ヶ関南小)
 平田 花織(3・6所沢・美原小)
 吉田真裕美(3・1東やまと第十小)

 中学生の人権作文

平成18年度全国中学生人権作文コンテスト
 埼玉県大会 優秀賞
 新井 宏美(2・7坂戸・浅羽野小)
 西田 早里(2・7入間・豊岡小)
所沢人権擁護委員協議会地区特別賞
 三田真理子(2・6越生町・越生小)




 税に関する作文 全国納税貯蓄組合連合会優秀賞

明るい未来を築くための税
清水咲希(3・6東村山・回田小)
 私たちが今、快適なくらしができているのはなぜだろうか。それは一言で言えば税金によって保障されているからだ。例えば火事が起きて119番通報すれば、すぐに消防車が来ることや毎年、新しい教科書が無料で配布されることは、すべて税金によるものなのである。つまり、税金がなくなってしまったら、私たちの生活だけでなく、国や公共事業団体など、税金によって支えられているものが、すべて機能しなくなってしまうということだ。それは私たちにとって、大変困ることだ。そんなことを考えているくせに私たちは、「税金が高い」「今、税金を納めても年金が貰えないだろう」と勝手なことを言っている。人間は本当に自己中心的な生き物だ。私も同じ人間だ。だから私も「何で子供なのに消費税を納めなければならないのだろう」とよく思っていた。しかし、今年、中3になり政治経済の授業が始まってから考えは変わった。税金は、私たちが快適にくらせるように使われているのであって、社会の一員としてくらすためには、納めて当然だと思う。人間は一人では生きていけるわけではないのだから。社会の一員として、社会に貢献するために税金を納めることが大切であると思う。
 時々、大きな会社の社長が脱税で逮捕されたというニュースがある。確かに沢山のお金を儲け、独り占めしたい気持ちが分からないでもないが、税金は自分達の国を安全にかつ快適に保つために国民が義務として納めているのだから、何があっても脱税や不正な税金の未納はしてはいけないと思う。このような個人の勝手な行動は社会から排除していかなくてはならないと思う。
 また、私たちは税金を納めていることが、そんなに損なのか。私たちは税金を納めることに文句を言ったりしているのは損があると思っているからだろう。しかし実際、税金を納めることには沢山の利益があると私は思う。道路や公園の整備、警察や消防隊の完備、医療費の一部負担など私たちの生活を快適にするために税金は最大限活用され役立っていると思う。
 私は将来のことも大切だと思うけれど、今社会の一員として税金をしっかり納めることはもっと大切だと思う。消費税が上がるという話も聞くが決して悪いことではないと思う。なぜなら、将来きっと見返りがあると思っているから。今は、沢山の人の税金で教育を受け生活しているけれど、大人になったら税金をしっかり納め、未来の良い大人を育てるために使ってほしいと思う。明るい未来を築くためには今きちんと税金を納め、税金がどのように使われているかを知ることが大切だと思う。税金を納めることは人と人とが支え合うことに繋がっているとことをいつも心の底に止めて置いてほしい。







 人権に関する作文

障害者のことを本当の意味で理解することの難しさ
西田早里(2・7入間・豊岡小)
 今、私が通っているような私立の学校には障害を持った人のためのクラスはありません。でも、私が通っていた小学校には「わかば」という障害を持った人のためのクラスがありました。
 「わかば」は学年に関係なく、様々な学年の児童が一緒に勉強をします。「わかば」の児童は「わかば」以外にもそれぞれ、同じ学年の普通のクラスにも所属していて、朝や帰りのホームルームや音楽はみんなと一緒です。
 私にも「わかば」のクラスで友達の子がいました。その中でも一人、6年間ずっと同じクラスだった「Aちゃん」という女の子がいました。
 Aちゃんは「ダウン症」と呼ばれる染色体に異常のある治らない病気です。私は4月生まれのこともあって、先生に頼まれ、よく友達と一緒にAちゃんの面倒を見ていました。でも、正直私はそのころ「やだなあ」とか「面倒くさい」と内心思っていました。それは、Aちゃんの言っている言葉がよく聞き取れないことや、ひょっとしたら自分のことだって、よく覚えていないかもしれない、感謝だってされないかもしれない、そんな理由からでした。
 しかし、私も高学年になるにつれて、心も成長し、だんだんと理解できるようになってきました。それまで、ゆううつだったAちゃんの世話も心から「自分がやってあげなくちゃ」と思うようになりました。
 6年生の時のある日のこと、いつものように音楽室に移動するときに付き添っていると、Aちゃんが何かを話します。でもやっぱりすぐには言っていることが聞き取れず、何度も聞き返しました。そうして、やっと聞き取れる言葉、それは「いつもありがとう」でした。それまで、きっと私のことはそんなに覚えていないし、感謝もされないだろう、そう考えていた私にその言葉が強くしみました。「あぁ、今まで私がしてきたことをAちゃんはしっかりと分かっていてくれたんだ。Aちゃんは私のことをしっかりと覚えていてくれたんだ。感謝されていたんだ」と思い、心がジーンとなり、目頭が熱くなりました。また、こんなこともありました。2年生が社会の学習の一環としてみんなの手紙を届けるイベントがありました。生徒はもちろん先生も校内の人ならだれでも校内の人に手紙を送ることができ、それを2年生が届けてくれます。ある時、私に思わぬ人から手紙がきました。何度も何度も消し、書き直した跡が残っていて、字の大きさをそろえるために先生が書いたと思われる線も残っていました。それはあのAちゃんからでした。裏には可愛いイラストと字が一生懸命書いてありました。そしてそこには「いつもありがとう。また一緒に遊ぼうね」と書かれていました。この二つの出来事を通して、私は本当の意味で障害を持ったAちゃんのことを今までよりも少し理解できた気がしました。障害を持った人たちにもきちんとした心、もしくは意思があるということ、Aちゃんだって普通の子と同じでただ少しだけ普通の子より、それがなかなか表現できないだけということを。
 また、それと同時に、私は今までの自分のことをすごく後悔し、反省しました。どうしてAちゃんの面倒を見ることを「いやだなぁ」「面倒くさい」と思ったんだろうと、それまでの自分が恥ずかしくなりました。それに、Aちゃんの、とっても純粋できれいな心を知って「素直にありがとう≠ニいう言葉を言えるAちゃんがよっぽど私より立派だ」と思いました。
 今の人たちは素直に「ありがとう」もいえない人たちがとても多いです。私もきっとその中の一人です。今の世の中は、障害を持った人たちにとって、とても生活しづらい世の中です。また、一部の心ない人たちが障害を持った人たちのことを差別したりします。でも実際、障害を持った人たちの方が普通の人より純粋できれいな心を持っている人が多いのかもしれません。世の中の人たちより障害のある人たちの方が優れている部分だって、たくさんあります。障害のある人たちより劣っている部分があるのにそれを差別する人たちはどうかと思います。私はそんな人にはなりたくないです。これからは障害のある人たちの良いところを理解し、見習い、難しいことですが、本当の意味で障害を持った人たちのことを理解できるような、心の広い人間になっていきたいと思います。また、障害を持った人たちのことを「わかば」のようなクラスのない私立の学校に通っていても忘れず、周りにそういう人がいたら、優しく接していきたいと思います。




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